2017年の振り返りと今後目指す姿について

概要

今年の振り返りとして、2017年(2017年1月〜12月まで)の間の自分の感情のログを残しておく。

正直、他社の優れたPMの人たちと比べるとお粗末な内容もあるだろうけど、備忘録的な意味合いと、自分の中の思考・キャリアの整理として。

※色々と書いていますが、ただのまとめで、関係者には何の感情もないので悪しからず

リハビリからのスタート

PMとしては厳しいスタートだった。
私は、前年にアサインされたプロジェクトを自分の知識・経験の無さからマネージできず、自己申告でプロジェクトから外してもらっていた。 しかもそのプロジェクトの責任者(PM兼開発部署マネージャー)を感情的に強く拒否してしまっていた。

※結構メンタルやられていて、自己防衛としてプロジェクトを外れるか、自分が退職するかしかないような状況だった
※誤解のないように言っておきたいのだけど、その彼は自分とは違って天才肌で、エンジニアとしてもPMとしても優れた人物であった

ただその彼も退職が決まっていて、誰かが引継ぎをしないといけなくて、その一部を結局自分がやらなければいけないことになっていた。彼は自分の部署のマネージャーではなかったのだけどやはり引継ぎをするのも複雑な思いがあった。とは言え、仕事なので彼の退職する3月末までに引継ぎをしつつ、案件サポートを覚えていった。これはやはりメンタル的に辛かった。

一方で、今だから言うけど、不遜にも自分は退職するマネージャーの彼の後釜になれるんじゃないかって思っていた(感情的な詳細は後述)。しかしプロジェクトを途中で投げ出してしまった時点でそれはあり得ないことだった。それに弊社FreakOutはTech Drivenな会社であるためエンジニアの発言力が圧倒的に強い。前職時代にエンジニアとして開発リードをしていた自分でさえも、第一線を引いていたのもあり、その発言力・影響力はほぼゼロに等しかった。実際、当時一緒にやっていたエンジニアからの信頼感もほぼないと肌で感じていたので、仮にプロジェクトをうまく回せていたとしても自分がマネージャーになるなんてことはなかっただろうと思う。

そんな状況からのスタートで、仕事としては本当にリハビリそのものだった。一度無くした自信と信頼をどう取り戻すか。そしてその先の自分にどういうキャリアがあるのかを模索しているような時期だった。

新人PMのメンターになる

そんな折、4月から中途で採用したPMのメンターになった。
彼女は自分が採用にも関わった人で、今の時点で考えても、未だ1年経ってもいないのに驚くほどのスピードで成長している。育てるのも成功しているとは思うけど、今では彼女から日々刺激を受けて自分の成長スピードも加速しているのを実感している。

自分は前職時代に何人かの新人育成をしているので、人を育てるのに苦手意識はないし、過去の後輩を見ていても育成に成功してるんじゃないかと思っているけど、今回ほど成功したことは過去にないので、もともとのポテンシャルによるところが大きいのかなと思っている。

それはそうと、彼女の加入で一番変わったのは自分だったかもしれない。PM経験、業界経験のない人物を採用から関わって、入社後もゼロから教育する中で、自分の浅い知識のブラッシュアップができたし、自分自身の浅いPM経験の正しさの裏付けをいちいち上司に確認するようになったので、曖昧な自信が確信になっていった。

ただそれでも、4〜6月の時点ではまだまだ自分もPMとして自立できてるとは到底言い難い状態だったと思う。それまで2年やっていたけれど、やれているという実感はなかった。救いがあったのは、それまでのPM経験の中でモバイルアプリ広告の仕様には精通していたので、そこを軸に幅を広げているところではあった。

この頃は未だ、プロダクトロードマップも上司のHead of PMが全て決めているような状況で、ちょいちょい自分のアイデアがロードマップに採用され始めた程度であった。

そんな状況ではあったものの、担当してるプロダクトもテクニカルサポートも増える中で、自分の作業を少しずつ担当してもらいつつ、OJTと座学での教育で新人を育てていた。

担当プロダクトのPMチームができる

7月。1つ前のエントリーでも書いた通り、1つのプロダクトを4人でマネージするPMチームができた。この時点でHead of PMを除けば実質的にただ一人のシニアPMということになった。このあたりから自分の感情に変化が起き始める。

やはりたった一人のシニアということもあり、プロダクト、テクニカルサポートの面で他のPMメンバーを(意識するしないに関わらず)リードすることになった。それにより徐々にメンタル面でも、自分がPMの模範にならないといけないと思うようになったし、準備をしっかりとして、自信を持って判断していかないといけないと考えるようになった。

この頃から、それまでHead of PMの上司が対応していた社外の取引先とのやりとりを自分に集めてもらって一手に対応するようにした。これは個人的なコミュニケーションスキル向上を狙ったものであった。実は年初から、コミュニケーション・プレゼンスキルの改善を目的に、社外でのプレゼン・LTを積極的にやっていて、ある程度度胸がついてきたのもあり、社内の業務も巻き取ってさらなるスキル向上に繋げようと考えていた。

またこれまでのPM経験の中で(2年経ってようやくではるが)業務知識や自社プロダクトの数字勘が多少身についてきていて、今ならなんとかできるかなと思えるようになっていた。また、さらなる知識・スキルの向上には自分のスキルの1段上のトライをする必要があると思い、思い切ってやらせてもらうことにした。

これは目論見以上の成果があって、取引先とのコミュニケーションを円滑に取り仕切って新しいプロダクトのアイデアや連携を考えられるようになったし、同業他社の人たちと業界全体のことについてディスカッションができるようになった。これは単にプレゼン・コミュニケーションスキルが高いだけではできないことではないかなと思っていて、あえて1段高いトライをしたことが良い結果に繋がったかなと思う。

こうして少しずつ、シニアとしてリードしながらスキル面も磨いていった。それでもリードPMとして動けるまでにはなっていないかった。

実質的なリードPMへ

転機になったのは、取引先とのMTGでの失敗だった。ちょうど取引先とのMTGもこなれてきたタイミングで、油断していたのもあるのだけど、完全に予期していないプレッシャーをかけられてテンパってしまったことがあった。この時以下のことを学んだ。

  • 取引先とのコミュニケーションは単なるコミュニケーションスキルだけではなく駆け引きの技術が必要
  • 強いプレッシャーの中で交渉を有利に進めるためには準備が重要
  • プレッシャーに負けない強いメンタルとその維持が必要

ここを改善することで交渉で負けないだけでなく、ディスカッションをリードすることが以前よりもできるようになった。簡単に言うと折れない自信が身についたとも言えるかもしれない。この自信は、もちろん強いメンタルを構築できたことによるところも大きいけど、深い業務知識、数字勘、社内でのプレゼンスなど自分を形作る多くのものがスケールアップしていたことも大いに影響していると感じている。それまで積み上げてきた知識・スキルがメンタル強化により花開いたと言えるのかもしれない。(もちろんどんなにメンタルが強くなっても準備を徹底することは怠ることはできない)

それにより、これまで自社開催のイベントや取引先とのMTGで「担当PMの一人」として自己紹介していたのを、今では「リードPM」として自己紹介している。単に自分の役割の説明が面倒というのもあるけど、実質的にそうなのでそう名乗るようにしている。以前はそこまで言い切る自信もなく、肩書負けするような気もしていたけど、今では「リードPM」というのがしっくりきているなと思っている。

ここまでが2017年の年末までの自分でした。

目指す姿とこれから

前述の通り、自分は開発のマネージャーを目指していた時期があった。なぜかというと、弊社の開発組織での出世という概念上での道筋がそこしかないからである。Head of PMは役員だけど、そこまでのマイルストーンとしては開発のマネージャーしかパスがないのが現状ではある。

なぜ自分が出世にこだわるかは以下である。(正直くだらない理由もある)

  • 前職でなしえなかったことを実現することで自分の選択の正しさを証明したい
  • これまで関わってきた多くの人(親兄弟、親戚含む)に、頑張ってる、結果出してるってことをわかりやすく伝えたい
  • 自分のチームを持ち、リーダーシップを取ることが単純に好き

一方で自分はPMだし、正直エンジニアとしては第一線を引いてるし、弊社のエンジニアとして通用するなんてはなっから思ってもなかった。(上記の自分の思いとは別に)開発のマネージャーはエンジニアがやるのが一番良いと思っているし、開発マネージャー with PMが一番プロダクトや組織にとって良い構成なのかなと思っていたりもする。

そんなことを考えていると結局マネージャーやりたいのかPMやりたいのかみたいなジレンマがあったりするのだけど、リードPMな今、少し視点を変えられてきているかなと思っている。やりたいこととしてはPMだし、(キャリア云々を考えなければ)最終的には事業責任者を目指しているわけで、やはりそこで開発のマネージャーとリンクしないところはあるのかなと思っている(その正しさはわからないけど)。

それにPMとして事業責任者になるということは、営業も含めた組織全体のリーダーシップが取れる存在ということになる。そうなれれば(肩書はともかく)自分がやりたかったことはできるのかなと思っている。まぁそうなれた時は名刺に「事業責任者」って勝手に書こうと思ってるけど。

そうなるとまた自称が増えてしまうけど、2018年はリードPMから事業責任者になれるようにやっていきたいと思っている。ということで今年のまとめを締めたいと思います。

2018年もよろしくお願いいたします。